上智大学理工学部物質生命理工学科の藤田 正博教授、大田原 拓人氏(修士課程2年)、東京工業大学物質理工学院の畠山 歓助教、慶應義塾大学大学院理工学研究科のMorgan L. Thomas特任准教授(研究当時、上智大学理工学部物質生命理工学科)らの共同研究グループは、機械学習などの情報科学技術を材料開発に応用するマテリアルズ・インフォマティクスを用いて、次世代の固体電解質として期待される柔粘性イオン結晶(OIPC; Organic Ionic Plastic Crystal)のうち、有望な化合物を効率的に探索する手法を開発しました。
OIPCは、可塑性とイオン伝導性を併せ持つ柔らかい結晶で、電池の固体電解質としての応用が期待されています。しかし、実用化するためには、イオン伝導性のさらなる向上が必要です。
本研究では、高いイオン伝導性を有するOIPCの開発を目標に、マテリアルズ・インフォマティクスを活用する手法を提案し、実際にその有用性を示しました。マテリアルズ・インフォマティクスは、統計解析や機械学習などの情報科学技術を活用して材料開発を効率化する手法です。しかし、材料開発には合成、加工、構造など、膨大なパラメータが存在しており、その複雑さが情報科学的な手法を導入する上で大きな障壁となってきました。
今回、本研究グループは経験則およびOIPCに関する化学的知見と、計算データに基づくマテリアルズ・インフォマティクス手法を組み合わせて、新たな候補物質を探索しました。その結果、6種類のOIPCを含む8種類の化合物の合成に成功しました。合成した化合物の一部は常温で優れたイオン伝導度を示しました。
今後、実験的アプローチとマテリアルズ・インフォマティクスを組み合わせた本手法をさらに改良することで、構造と物性の関係をより深く理解することができ、効率的な材料開発につながると期待されます。
本研究成果は2024年7月29日に国際学術誌「ACS Applied Electronic Materials」にオンライン掲載され、Editor’s Choiceに選出されました。
近年、再生可能エネルギーで生成した電力の貯蔵システムとして、全固体電池が注目されています。さらに、電気自動車市場の急成長も、高性能な全固体電池の本格量産・実用化に向けた研究開発を後押ししています。全固体電池は、従来の液体電解質をベースとした電池に比べ、高いエネルギー密度、安全性、長寿命、広い温度範囲での動作が期待され、電気自動車だけでなく、幅広い産業での利用が見込まれています。しかし、全固体電池の普及に向けてはまだ解決すべき課題が残されています。
全固体電池の主要な構成要素である固体電解質内でのイオン輸送は、従来の液体電解質よりも困難であることから、一般的にイオン伝導性が低く、抵抗が高くなります。また、構成材料がいずれも固体であることから点接触となって十分な反応界面を得られないこと、電解液中に粒子同士の界面(粒界)が存在することも、抵抗を高める要因となっています。こうした抵抗は充放電速度や利用可能なエネルギー密度の低下につながるため、イオン移動をできるだけ妨げない界面を有する固体電解質の開発が求められています。
無機固体電解質は単一イオン伝導体であることが特徴で、イオン輸送に関与する化学種はリチウムイオンに限定されます。対照的に、一般的な有機固体電解質は、リチウムイオンだけでなく、溶媒分子や添加塩に含まれるアニオンの運動も許容します。これにより、容量の低下や自己放電などの悪影響が生じることが課題となっています。一方、無機固体電解質は、リチウムイオンとアニオンがホスト骨格を形成するため、アニオンの移動が抑制されます。そのためそうした悪影響が生じにくく、長い電池寿命をもった高性能電池の開発に用いられています。
しかし、無機固体電解質にも課題はあります。現在、無機固体電解質は主に酸化物型と硫化物型に分けられていますが、酸化物型では還元安定性に欠けることや、高温焼結が必要であること、硫化物型では、大気中の水分と容易に反応して有毒な硫化水素ガスを発生し、電池の安全性が低下することなどが、主な課題として挙げられます。
そのため、固体電解質のさらなる進歩には、軽量で加工性の高い電解質を提供しつつ、効率的なリチウムイオン輸送も可能な、有機種をベースとした材料の開発が求められます。本研究では、このような先端材料として、OIPCに着目しました。電池用途として注目されているOIPCは、通常、アンモニウム、ホスホニウム、ピロリジニウムなどの部位をベースとする有機カチオンと、スルホニルアミド部位または適切な無機種(テトラフルオロホウ酸塩、ヘキサフルオロリン酸塩など)をベースとするアニオンと、同じアニオンのリチウム塩との組み合わせで構成されています。
OIPCはイオンのみで構成されているため、電池用電解質として応用した際、優れた熱安定性と電気化学的安定性が期待される一方、引火性と揮発性は無視できるほど低いと考えられます。OIPCの特徴は、固相と液相の中間相であるプラスチッククリスタル(PC)相を示すことです。固相では、構成分子(または原子/イオン)の位置と配向のいずれも秩序化されていますが、液相では両方が無秩序な状態です。PC相では、液相に迫る高いイオン伝導度を得ることができますが、適切なOIPCを開発するためには、PC相におけるイオン移動のメカニズムを探り、理解することが欠かせません。さらに、固体電解質として有望なOIPCを見出すためには、こうしたメカニズムや他の物理化学的特性の背景にある化学構造を特定する必要があります。これまでにも、構造とイオン移動度の関係を探った先行研究は発表されていますが、主に経験的理解に基づくものであり、OIPCの化学構造と、さまざまな特性の間の詳細な関係は、まだ十分に理解されていません。
そこで本研究では、研究効率の向上と新規OIPCの創製を目指し、高イオン伝導性OIPCの開発にマテリアルズ・インフォマティクスを取り入れて、合成した新規化合物の諸特性を評価し、構造物性相関の検討を行いました。
まずはOIPCに関連する文献から導電率データとともに化学構造を抽出してトレーニングデータセットを作成し、続いて2つのテスト化合物で予測精度の検証を行いました。その予測精度の検証結果から、トレーニングデータに同一または類似の化学構造が含まれる場合、予測精度が高くなることが示唆されました。これは、新規化合物を探索する際には、学習データに含まれる化学構造と類似した化学構造を考慮することが望ましいということを示す結果です。そこで本研究では、特に学習データに豊富に存在するピロリジニウムカチオンを候補物質として採用しました。
本研究グループはこれまでにも、ピロリジニウムカチオンをベースとしたOIPCにおけるイオン伝導性についての研究を行っており、そうした研究から2つの経験則が知られています。そこで本研究では、これらの経験則に基づいて分子を設計し、マテリアルズ・インフォマティクスを用いて候補物質を絞り込みました。
その結果、6種類のOIPCを含む8種類の化合物の合成に成功しました。このうち、1つの化合物では、25℃で1.75×10-4 S cm-1という優れたイオン伝導性を示しました。特筆すべきこととして、これまでの経験則ではイオン伝導度とイオン半径比の間には負の相関があり、イオン半径が減少するほどイオン伝導率が増加すると考えられてきましたが、今回、イオン伝導度を最大にする最適なイオン半径が存在することが示唆されました。
マテリアル・インフォマティクスでは、先述の通り、予測精度の高い化合物は、学習データにおいて類似した構造を持つことが多いことがわかりました。さらに、マテリアル・インフォマティクスで相転移のような不連続な変化も予測できました。このことは、予測精度を向上させることで、イオン伝導度の予測だけでなく、相転移の予測も可能になることを示唆しています。今後は、イオン伝導度に影響を与える因子のさらなる解明、特にイオン伝導度の最大値近傍におけるOIPCの特性について、より詳細な研究を進める必要があります。
本研究では、実験的アプローチとマテリアルズ・インフォマティクスの組み合わせにより、OIPCの構造-物性相関の理解を深めることができました。今後、このアプローチをさらに改良することで、OIPCのより広範な理解、ひいては高性能な全固体電池の開発につながることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(19K05604, 22K19072, and 23H02072)、二国間交流事業(JPJSBP120199977)、科学技術振興機構(JST)の革新的GX技術創出事業(JPMJGX23S3)、上智大学の学術研究特別推進費の助成を受けて実施したものです。
媒体名:ACS Applied Electronic Materials
論文名:Efficient Exploration of Highly Conductive Pyrrolidinium-based Ionic Plastic Crystals Using Materials Informatics
オンライン版URL:https://doi.org/10.1021/acsaelm.4c00861
著者(共著):Takuto Ootahara, Kan Hatakeyama-Sato, Morgan L. Thomas, Yuko Takeoka, Masahiro Rikukawa, and Masahiro Yoshizawa-Fujita
上智大学理工学部物質生命理工学科 教授 藤田 正博
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