エンジンの燃焼効率を左右するシリンダ内の旋回流発生条件を実験的に調査
上智大学理工学部機能創造理工学科の一柳満久教授、イルマズ・エミール助教、鈴木隆教授らの研究チームは、ディーゼルエンジンの吸気ポートであるタンジェンシャルポートの開口面積の違いがシリンダ内の流れに与える影響を調査しました。実験では、粒子画像流速計(PIV, ※1)を用いて、シリンダヘッド近傍における流速を計測し、流線図や乱流運動エネルギー(TKE, ※2)、渦中心位置(SCP, ※3)の評価を行いました。その結果、今回の実験条件下では、タンジェンシャルポートの開口面積が25%以上になると、シリンダ内の圧縮行程(※4)の初期から旋回流が形成されることが明らかになりました。また、旋回流の形成には、シリンダ内の吸気行程(※5)のTKEの分散と圧縮行程のSCPの分散を最小限に抑えることが重要であることが示唆されました。
アンモニアは二酸化炭素を排出しない代替燃料として注目されていますが、難燃性であるため、燃焼効率を向上させることが実用化に向けた大きな課題となっています。そこで本研究チームは、エンジンシリンダ内の旋回流の形成に伴う燃料と空気の混合促進に着目し、シリンダ内に旋回流が形成される条件について実験的に調査しました。具体的には、二種の形状の異なる吸気ポート(タンジェンシャル吸気ポートおよびヘリカル吸気ポート)を有する、シリンダ内を可視化可能なエンジンを用いて、吸気ポートの開度を変化させた場合のシリンダ内の流れを実測しました。
本研究成果は、2023年12月17日に国際学術誌「Energies」にオンライン掲載されました。
脱炭素化へ向けた取り組みとして、新たな資源として水素が注目されており、水素エネルギー社会の実現に向け、水素の製造、輸送、使用などさまざまな分野で数多くの研究が行われています。しかし、水素を気体のまま貯蔵や長距離輸送をすると非常に効率が悪いため、液体や水素化合物に変換してから貯蔵や輸送をします(これをエネルギーキャリアと呼びます)。アンモニアは、水素のエネルギーキャリアとして有望視されている物質です。しかし、輸送後に水素を取り出すためには相当量のエネルギーと熱源を必要とすることから、アンモニアを直接的に使用する技術が望まれています。
アンモニアは気化潜熱(※6)が高く、層流燃焼速度が遅いため、難燃性の燃料として知られています。そのため、燃料アンモニアを実用化するためには、高い燃焼効率が求められています。また、アンモニアは、密度や粘度などの物性が現在一般的に用いられている化石燃料とは異なるため、シリンダ内の流れに関する解析が不可欠となっています。
ディーゼルエンジンのシリンダには、ヘリカルポートとタンジェンシャルポートの2種類の吸気ポートがあります。これまで、吸気ポートに関する流動特性を予測するため、数値流体力学(CFD)が利用されてきました。また、実験的解析においては、熱線流速計やレーザードップラー流速計など、優れた時間・空間分解能を持つ計測手法が利用されてきました。しかしながら、シリンダ全体の流速を把握し、燃焼効率を大きく左右する要因の特定などは簡単ではありませんでした。
そこで今回、本研究チームは、PIVを利用して、タンジェンシャル吸気ポートの開口面積の違いがシリンダ内の流れに与える影響を調べ、旋回流が形成される条件の特定を試みました。
研究チームは、一般的な自動車に搭載される4気筒ディーセルエンジンにおけるタンジェンシャル吸気ポートの開口面積の違いが旋回流の発生に及ぼす影響を調べるため、ガスケットの交換により、吸気ポートの開口面積(0%,25%,50%,75%,100%)を変化させました。シリンダ内の流速は、z = -10 mm、-20 mm、-30 mmの3つの異なる測定面において、PIVを利用し計測しました。本研究により得られた主な結果は以下の通りです。
PIVにより得られた速度データを用いて、速度ベクトルと流線図を作成し評価しました。タンジェンシャル吸気ポートの開口面積が0%の場合、吸気行程では、z = -10mm、-20mm、-30mmで複雑な流れが観察され、TKEとSCPの分散が大きくなりました。また、圧縮行程では、z = -10 mm と -20 mm の測定面でも複雑な流れが観察されましたが、圧縮行程の後半では、z = -30 mmで旋回流のような流れの形成が始まりました。
タンジェンシャル吸気ポートの開口面積が25%より大きい場合、吸気行程では、ヘリカルポートのみを使用した場合とよく似た傾向が観察され、シリンダ内の旋回流の形成は観察されませんでした。一方、圧縮行程の後半以降は、z = -10mmと-20mmで旋回流のような流れが観察され、z = -30mmでは旋回流の形成が見られました。
タンジェンシャル吸気ポートのそれぞれの開口面積の実験において、スワール比(※6)を計算しました。計算の結果、吸気行程ではスワール比に正弦波パターンが見られ、適切な旋回流が形成されていないことが明らかになりました。一方、圧縮行程では、タンジェンシャル吸気ポートの開口面積が大きくなるにつれて、スワール比も増加し、その開口面積が25%かそれ以上の場合、スワール比は定常レベルに達しました。
PIVにより得られた流速データを用いて、空間平均したTKEとその分散を評価しました。圧縮行程では、TKEに大きな違いは認められませんでしたが、吸気行程では、測定面や開口部の大きさによってTKEに明らかな違いが見られました。具体的には、吸気行程では、TKEの分散が大きくなるにつれて、複雑な流れや渦巻き状の流れが形成されることが明らかになりました。この分散が小さくなり始めると、旋回流が形成されました。
得られた速度データからSCPとその分散を評価しました。吸気行程では、SCPははっきりと得られませんでしたが、吸気ポートの開口面積が25%かそれ以上の場合、圧縮行程中にSCPが明瞭に観察されました。また、圧縮行程中にSCPのz方向への傾斜運動がx-y平面で観察されました。複雑な流れや渦巻き状の流れを形成する条件下でのSCPの分散は、旋回流を形成する条件下でのSCPの分散よりも大きくなりました。SCPの分散が比較的小さい時に、旋回流が形成しました。
本研究で得られた旋回流の形成に関する知見は、アンモニア燃料を用いたディーゼルエンジンの改良に貢献する成果です。今後、研究チームは、アンモニアとガソリンの混焼やアンモニアのみの燃焼による実験を行い、本研究から示唆された結果を検証していく予定です。
【用語】
※1 粒子画像流速計(PIV): Particle Image Velocimetryの略で、流体中の粒子画像により、2次元平面内の速度と方向を非接触で求めることができる流体計測手法のこと。
※2 乱流運動エネルギー(TKE): Turbukent Kinetic Energyの略で、流れの乱れの強さを表す物理量で、平均流速からのずれを二乗した大きさを表す。
※3 渦中心位置(SCP): Swirl Center Positionの略で、旋回流による渦の中心位置を意味する。旋回流は、流れ場の全体が一つの大きな渦を構成し、流線が螺旋、あるいは円弧を描く流れのこと。旋回流は混合を促進し、循環流を発生させて火炎の安定化を行う。
※4 圧縮行程: ディーゼルエンジンは、吸気→圧縮→膨張→排気の4の行程を繰り返すことによって、運動エネルギーを生み出す。圧縮行程は、気体を圧縮し、気体の温度を上昇させることにより、高温・高圧のガスになり燃焼しやすい状態にする。
※5 吸収行程: ディーゼルエンジンは、吸気→圧縮→膨張→排気の4の行程を繰り返すことによって、運動エネルギーを生み出す。吸気行程は、エンジンが吸気バルブを通して、フレッシュな空気をシリンダ内に導入すること。
※6 気化潜熱: 液体が気体に変わるときに周りから奪う熱のこと。 ※7 スワール比: シリンダ内の旋回流の回転速度とエンジンの回転速度の比。
上智大学 理工学部 機能創造理工学科
教授 一柳 満久 (E-mail:ichiyanagi@sophia.ac.jp)
上智大学広報グループ
TEL:03-3238-3179 E-mail:sophiapr-co@sophia.ac.jp
※上智大学HPには画像付きで掲載されています。
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