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2023.08.21

メラトニンによる長期記憶増強の作用機序の一端を解明しました

プレリリース 2023.08.21

加齢に伴う記憶力低下を改善する新薬開発に期待

【本研究の要点】

  • 松果体ホルモンであるメラトニン、およびその代謝産物であるAMKは、長期記憶増強効果を示すことがわかっていましたが、その作用機序は解明されていませんでした。
  • メラトニンが、受容体を介する経路と、介さない経路両方において、記憶関連タンパク質のリン酸化レベルを調節することで、長期記憶増強効果を引き起こすことを強く示唆する結果が得られました。
  • 加齢に伴う記憶障害を改善する薬剤の開発、ひいては高齢者のQOLの向上につながると期待されます。

【研究の概要】

上智大学理工学部の千葉篤彦教授(現:名誉教授)、佐野真広氏(現:東北大学大学院薬学研究科)、岩下洸氏(現:関西医科大学解剖学講座)らの研究グループは、メラトニンが、受容体を介する経路と、介さない経路の両方において、記憶関連タンパク質のリン酸化レベルを調節することで、長期記憶の形成を増強することを示唆する結果を得ました。

メラトニンは松果体から夜間に分泌されるホルモンです。各種細胞の膜上に存在するGタンパク質共役型受容体M1、M2と結合することで作用し、体内時計の制御や睡眠の誘導などにはたらきます。これらの作用以外にも、長期記憶増強効果を示すことがわかっていましたが、その作用機序はこれまで解明されていませんでした。

今回の研究では、メラトニン、メラトニンの脳内代謝産物であるN1-acetyl-5-methoxykynuramine (AMK)、およびメラトニン受容体作動薬ラメルテオン(*1)は、海馬(記憶に重要な脳の部位)および嗅周囲皮質(海馬と連携して記憶に関わる脳の部位)において、記憶関連タンパク質のリン酸化レベルを変化させることがわかりました。ラメルテオンはメラトニン受容体に作用するため、この結果は受容体を介するシグナル伝達経路を介してリン酸化レベルを変化させたと考えられます。一方、AMKはメラトニンの代謝産物であるため、受容体を介さないシグナル伝達経路を介して作用したと考えられます。これらのことから、メラトニンは、メラトニン受容体を介する経路と介さない経路の両方において、記憶関連タンパク質のリン酸化レベルを調節することで、長期記憶増強にはたらくと考えられました。

加齢に伴う記憶障害や認知症への対応は、高齢化が進む日本社会において喫緊の課題であり、高齢者の生活の質(QOL)を向上させる上でも重要な課題です。メラトニンの分泌量は加齢とともに大きく減少することから、この結果は加齢に伴う記憶障害を改善する新薬の開発につながると期待されます。

本研究成果は、2023年6月7日に国際学術誌「NeuroReport」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】

メラトニンは強力な抗酸化物質であり、この性質から、長期投与により加齢による認知機能の低下を抑制する効果があることが報告されていました。しかし、メラトニンには1回投与しただけでも長期記憶を増強する効果があることも報告されています。我々は最近、東京医科歯科大学教養部の服部淳彦教授との共同研究により、メラトニンの脳内代謝産物であるAMKには、メラトニンよりもはるかに強い長期記憶増強効果があることを突き止めています(※1)。さらに、ラメルテオンも長期記憶を強力に増強しますが、この作用は、メラトニン受容体阻害剤(ルジンドール)の存在下で完全に抑制された一方、メラトニンによる効果は受容体阻害剤の存在下でも見られました。これらのことから、メラトニンは、メラトニン受容体に結合するだけでなく、その一部がAMKへと変換されて記憶増強にはたらく可能性が示唆されていました。記憶の形成には、CREB(*2)やERK(*3)、CaMK(*4)などのタンパク質のリン酸化が必要であることが知られています。そこで、本研究ではメラトニン、ラメルテオン、AMKを投与した際の、記憶形成に関わるタンパク質のリン酸化レベルの変化を検討することにしました。

(過去のプレスリリース)
(※1)「メラトニンの代謝産物AMKが長期記憶を促進するー加齢に伴う記憶力低下の改善に期待―」
https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/news/info/press_1124melatonin/

【研究結果の詳細】

(1)新規物体認識試験(*5)
研究グループは、長期記憶に対する各物質の効果を評価するため、マウスにメラトニン、ラメルテオン、AMKのいずれかを単回投与(1mg/kg)し、24時間後の記憶(長期記憶)を新規物体認識試験により評価しました。すると、どの物質を投与したマウスでも、長期記憶の形成が有意に促進されることが分かりました。

(2)記憶関連タンパク質の相対的リン酸化レベル解析
5分間の物体探索行動を行った直後のマウスに、メラトニン、ラメルテオン、AMKのいずれかを単回投与し(1mg/kg)、30分後または2時間後に、マウスの脳から海馬および嗅周囲皮質の組織を採取しました。ウェスタンブロット法(*6)を用いて、これら組織中に含まれる記憶関連タンパク質(CREB、ERK、CaMKIV、CaMKIIα、CaMKIIβ)の相対的リン酸化レベルを調べました。

・CREB
海馬において、メラトニン、ラメルテオン、AMKいずれも、2時間後にリン酸化レベルを有意に増加させました。また、AMKを投与した場合は、30分後でもリン酸化レベルの増加が確認できました。しかし、嗅周囲皮質においては、いずれの物質でもリン酸化レベルに有意な変化は見られませんでした。

・ERK
海馬において、ラメルテオンとAMKは30分後にリン酸化レベルを有意に増加させました。一方、嗅周囲皮質においては、いずれの物質を投与した場合も、30分後にリン酸化レベルが有意に増加しました。

・CaMKIV
海馬と嗅周囲皮質の両方において、いずれの物質でもリン酸化レベルに有意な変化は見られませんでした。

・CaMKIIα
海馬において、いずれの物質でも30分後にリン酸化レベルを有意に減少させましたが、2時間後のリン酸化レベルに変化は見られませんでした。一方、嗅周囲皮質においては、メラトニンはリン酸化レベルを有意に増加させ、ラメルテオン投与の場合はリン酸化レベルは増加傾向を示しました。

・CaMKIIβ
海馬において、ラメルテオンとAMKは30分後にリン酸化レベルを有意に減少させました。いずれの物質を投与した場合も、2時間後にはリン酸化レベルが有意に減少していました。一方、嗅周囲皮質においては、メラトニンとラメルテオンは30分後にリン酸化レベルを有意に増加させましたが、2時間後にはリン酸化レベルに有意な変化は見られませんでした。

これらの結果を総合すると、メラトニンは、受容体を介する経路と、介さない経路の両方において、海馬と嗅周野のERKのリン酸化レベル、および海馬のCREBのリン酸化レベルを増加させることにより、長期記憶の形成を促進する可能性が高いと考えられました。また、メラトニンによる長期記憶形成には、CaMKIV/CREB経路ではなく、ERK/CREB経路の活性化が関与していると考えられました。

本研究について千葉教授は、「本研究成果は、加齢に伴う記憶障害に悩む高齢者に対して、副作用が少なく優れた効果を発揮する、新薬の開発に貢献することが期待されます。これにより、高齢化社会において喫緊の課題とされる、高齢者のQOLの向上に資することができます」と研究の今後に期待を寄せています。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP20K17520)の助成を受けて実施したものです。

【用語】

*1  ラメルテオン: メラトニン受容体M1、M2に選択的に結合して、メラトニン同様の作用をもたらす薬剤。不眠症治療薬(ロゼレム)として用いられる。

*2  CREB(cAMP response element-binding protein): DNAに結合して転写を制御する転写因子。cAMPなどの細胞内シグナルを受けてCREB自身がリン酸化されることで、転写が活性化される。脳の神経可塑性や長期記憶の形成に関わる。

*3  ERK(extracellular signal-regulated kinase): 細胞内シグナル伝達分子として機能するタンパク質リン酸化酵素。脳内で高発現してCREBをリン酸化することが知られ、長期記憶の形成や学習・記憶に密接に関わる。

*4  CaMK(Ca2+/Calmodulin-dependent protein kinase): カルシウム/カルモジュリン複合体が結合することで活性化される、タンパク質リン酸化酵素。CaMKIIやCaMKIVなどのサブファミリーがあり、脳の神経可塑性や遺伝子の発現調節などに関わる。CaMKIVはCREBをリン酸化することが知られる。

*5  新規物体認識試験: マウスのもつ、新しいものを好むという性質を利用した学習記憶試験。罰や報酬といった強化刺激を用いないため、ヒトの一般的な学習・記憶と類似の性質をもつ。

*6  ウェスタンブロット法: タンパク質を電気泳動により分離したのち、抗体を用いて目的のタンパク質を検出する方法。

【論文名および著者】

  • 媒体名:NeuroReport
  • 論文名:Effects of melatonin on phosphorylation of memory-related proteins in the hippocampus and the perirhinal cortex in male mice
  • オンライン版URL:https://doi.org/10.1097/WNR.0000000000001911
  • 著者(共著):Masahiro Sano, Hikaru Iwashita, Chihiro Suzuki, Mari Kawaguchi and Atsuhiko Chiba

【本リリースに関するお問い合わせ先】

上智学院広報グループ
(E-mail: sophiapr-co@sophia.ac.jp)

*上智大学HPには画像付きで掲載されています

*英文での掲載はこちら