プレリリース 2023.07.18
上智大学(東京都千代田区、学長:曄道 佳明)理工学部機能創造理工学科の長嶋 利夫教授、同大学大学院 理工学研究科の王 晨宇氏の研究グループは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の損傷が進展するプロセスや最終強度を精度良く予測できる、準3次元拡張有限要素法(XFEM)を用いた新たな数値シミュレーション法を開発しました。本手法を用いた解析を行ったところ、実際の強度試験と同等の結果が得られたことから、本手法の妥当性の高さが示唆されました。高精度な材料強度データを数値シミュレーションで獲得できる本研究をさらに発展させることにより、設計工程の短縮や開発コスト削減につながることが期待されます。
CFRPは、非常に軽量かつ高い強度と剛性を有するため、自動車や航空機などに使用されています。一方、CFRPを用いた構造設計では、部材の強度設計のデータを得るために、CFRP試験片の寸法や積層順序などを細かく調整しながら、強度試験を繰り返し行う必要があります。そのため、多くの時間とコストがかかることが課題となっていました。そこで、本研究グループは実際の強度試験を再現できる高精度な数値シミュレーション法の確立を目的として、研究を行ってきました。
本研究では8節点六面体要素による準3次元XFEMを開発し、CFRP積層板の損傷進展解析に適用しました。今回、複数のマトリクス割れを要素ごとに独立してモデル化することでシミュレーションの効率と精度を向上させることに成功しました。また、zig-zag型結合力モデル(ZCZM)またはzig-zag型enhanced結合力モデル(ZECZM)といった適切な損傷モデルを導入することで、シミュレーションの収束性と精度を改善できることを見出しました。さらに、有孔引張試験(Open Hole Tension test: OHT test)、準静的押し込み試験(Quasi-static Indentation test: QSI test)、衝撃後圧縮(Compression-After-Impact: CAI)試験において、実験で得られた強度試験データとの比較を行い、従来法よりも実験値に近いデータを得られることを実証しました。
本研究成果は、2023年4月13日に国際学術誌「Composite Structures」にオンライン掲載されました。
軽量で頑丈なCFRP積層材料は精密機器、産業用機械、医療用品、スポーツ用品などさまざまな用途で広く使用されています。強度を維持したまま軽量化できるため、特に、物流の要となる自動車や船舶、航空機へのCFRP積層材料の適用が広がれば、従来よりも大幅な燃費向上が可能になると期待されています。CFRPの用途拡大・汎用化を実現するためには、CFRP部材の強度試験データを細かく収集する試作工程、実際の寸法・配置などを決める設計工程を緻密に行う必要があります。そのため、これらの工程に多くの時間とコストがかかることが課題の1つとなっていました。この課題を解決するため、試作、設計工程を数値シミュレーションで再現する方法が模索されてきました。
従来のCFRP積層構造の損傷進展解析法としては、有限要素法(Finite Element Method: FEM)が広く適用されてきました。この方法では、CFRPの典型的な損傷形態である層間はく離、マトリクス割れ(繊維を固めている母材が割れること)、繊維破断を表現できる損傷モデルを導入する必要があり、連続体損傷力学モデル(Continuum Damage Mechanics: CDM)や結合力モデル(Cohesive Zone Model: CZM)などが用いられてきました。しかしながら、これらの方法では、マトリクス割れなどのき裂に沿って要素を分割する必要があり、モデル作成が困難でした。
そこで本研究グループはCFRP積層板の損傷を適切にモデル化するために、層間はく離を通常のFEMで用いられるインターフェース要素で、マトリクス割れをXFEMによる不連続な変位場の近似関数でモデル化する準3次元XFEMを用いて、損傷進展解析を行う方法を開発しました。そして、実際のOHT試験、QSI試験、CAI試験で得られた強度データと照らし合わせ、本解析手法の妥当性を評価しました。
準3次元XFEMによるCFRP積層板の損傷進展解析の結果と実際のOHT試験、QSI試験、CAI試験で得られた実験結果とを比較しました。
OHT試験では、8節点六面体要素のXFEM(559.50MPa)で、6節点五面体要素のXFEM(518.69MPa)よりも、実験値(532-608MPa)に近い結果が得られました。QSI試験でも同様に、8節点六面体要素のXFEM(4.05kN)の方が、6節点五面体要素のXFEM(4.35N)よりも実験値(3.91kN)に近い結果となりました。また、荷重落下点以降の損傷は一連のマトリクス割れによるもので、はく離も円形に進展していることが明らかとなりました。CAI試験では、圧縮変位0.48mmで積層板の上層から損傷が進展して圧縮荷重が減少し、0.61mmまで圧縮すると、層間はく離が幅方向に進展し、圧縮荷重が大幅に減少することがわかりました。
以上の結果より、六面体要素を用いた XFEM は、OHT試験、QSI 試験、CAI試験における CFRP 積層板の力学的挙動と損傷を再現できることが確認できました。そのため、今回開発した準3次元XFEMは、CFRP積層板の新たな損傷進展解析法として有用であると結論付けました。
本研究の成果について、研究を主導した王氏は「CFRP積層板の損傷メカニズムを解明するために、さまざまな数値シミュレーション法が提案されていますが、これらの多くは数値モデルの構築に膨大な時間と計算コストを要します。本研究の成果により、複合材料の損傷をより効率的かつ正確に予測することができれば、必要なコストの大幅な低減につながります。また、これらの軽量・高強度材料を実際の交通機関や物流領域に応用することで、省エネや環境保護に貢献できると考えています」と、コメントしています。
※本研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の次世代複合材創製・成形技術開発プロジェクト(JPNP20010)による助成を受けて実施されたものです。
上智大学 理工学部 機能創造理工学科
教授 長嶋 利夫 (E-mail: nagashim@sophia.ac.jp)