炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic: CFRP)(注1)は、炭素繊維と樹脂の組み合わせによって様々な強度特性を実現出来る、軽くて強い複合材料です。近年、航空機の材料として広く使われつつあり、従来の金属製航空機では難しい高いアスペクト比(注2)の主翼を採用でき、空気抵抗を下げることが可能となっています。一方、高アスペクト比で細長い主翼は大きくたわむため、通常の線形数値解析を用いた変形予測では、主翼の変形を正確に捉えられませんでした。
上智大学理工学部の長嶋利夫教授と、東北大学流体科学研究所のLiu Yajun学術研究員、阿部圭晃准教授、大学院工学研究科の伊達周吾氏(当時)、岡部朋永教授らの研究チームは、複合材主翼の空気抵抗と構造重量の最小化を目的とした多目的最適化フレームワークを構築し、空気抵抗と構造重量をバランスよく低減できる主翼形状を数値的に明らかにしました。さらに既存の線形解析にのみ基づく設計を採用すると、予想よりも大きな力が主翼にかかり、危険な設計となりうることが分かりました。具体的には、最適な主翼形状に対して、大変形状態を正確に予測可能な幾何学的非線形解析(注3)を取り入れることで、通常の線形解析による設計よりも構造重量がわずかながら増加し、主翼の変形も大きくなることを示しました。
今回の研究成果は、2025年1月6日に学術専門誌Journal of Aerospace Science and Technologyに掲載されました。
軽くて強いCFRPは、航空機材料として近年広く使われつつあります。しかし、CFRPは炭素繊維と樹脂を組み合わせた複雑な複合材料であり、内部で生じる数マイクロメートルの破壊現象が数十メートルの主翼に及ぼす影響の予測はまだ完全ではありません。航空機の実寸での実験や飛行試験は容易ではないため、主翼の性能を予測する別の手段が求められていました。
このような実験が困難な系に対して有効な手段がコンピューターを用いた数値解析(シミュレーション)技術であり、航空機の設計開発においても数値解析を活用したデジタルツイン(注4)の導入が強く望まれています。脱炭素化に資する輸送機器の性能向上の観点からも、デジタルツインを活用した革新的な次世代機の開発が期待されますが、複合材がもつ様々な特性を活かした主翼設計を数値的に行う手法は未だ研究途上であり、空気力学・構造力学・破壊力学で記述される複数の物理現象を横断的に扱い、かつ設計へと結びつけるフレームワークを構築する重要性が高まっています。その中でも複合材を用いた主翼では、従来の金属では難しい高アスペクト比の主翼を採用し、空気抵抗を下げることが可能とされています。しかし、そのような高アスペクト比の主翼は大きくたわむため、通常の線形数値解析を用いた変形予測では、主翼の変形を正確に捉えられませんでした。
上智大学の長嶋利夫教授と、東北大学流体科学研究所のLiu Yajun学術研究員、阿部圭晃准教授、大学院工学研究科の伊達周吾氏(研究当時は大学院生)、岡部朋永教授らの研究チームは、複合材主翼の空気抵抗と構造重量の最小化を目的とした多目的最適化フレームワークを構築し、空気抵抗と構造重量をバランスよく低減できる主翼形状を数値的に明らかにしました(図1)。
また既存の線形解析にのみ基づく設計を採用すると、予想よりも大きな力が主翼にかかり、危険な設計となりうることが分かりました。具体的には最適な主翼形状に対して、大変形状態を正確に予測可能な幾何学的非線形解析注3を取り入れることで、通常の線形解析による設計よりも構造重量がわずかながら増加し、また主翼の変形も大きくなることを示しました(図2)。
本研究ではまず、巡航時に平衡状態となる空気力と構造変形を予測し、かつ主翼が破壊しないよう構造部材の寸法を調整する数値解析法を基盤とし、遺伝的アルゴリズム(注5)による主翼平面形の多目的最適化手法を組み合わせることで空力性能と構造性能の最適化を可能としました。特に多目的最適化においては、空気抵抗と構造重量の最小化を目的関数とすることで、アスペクト比(注2)の高い主翼が空気抵抗を低減する一方で構造重量は増大するといった、トレードオフ傾向を数値的に再現可能であることを示しました(図2)。また、アスペクト比の異なる最適化翼において、大変形状態を正確に予測可能な幾何学的非線形解析を取り入れた構造設計を実施しました。これにより、通常の線形解析による設計時よりわずかに構造重量が増加し、また主翼変形量も増加することが分かりました。特に、このような違いは高いアスペクト比の翼ほど大きくなり、主翼上下面の板厚分布に変化が生じることも明らかになりました。様々な形状の複合材主翼において、構造設計に対する幾何学的非線形解析の効果が詳細に確かめられたのは今回が世界で初めての報告です。
本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2124)の支援を受けたものです。また本研究の一部は、JSPS科研費(24K01074)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP15006)、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム(JPMXP1020230320)の支援を受けています。
注1 炭素繊維強化プラスチック(CFRP):強化材料である炭素繊維と、それを支持する母材樹脂によって構成される複合材料の一種。軽量かつ高剛性・高強度であるという特性を持つ。
注2 アスペクト比:主翼を上から見た形状の縦横比を指す。アスペクト比が高い(高アスペクト比)ほど、細長い主翼となる
注3 幾何学的非線形解析:通常の有限要素法と異なり、ひずみの高次項まで考慮した非線形解析により、大きな形状変形を正しく捉えられる解析手法。
注4 デジタルツイン:現実の世界から収集した様々なデータを、まるで双子のようにコンピューターで再現する技術。コンピューター上では、収集した膨大なデータを元に、限りなく現実に近い物理的なシミュレーションが可能となり、製品の製造工程やサービスの在り方を改善する有効な手段となる。
注5 遺伝的アルゴリズム:最適化を行うための進化計算手法の1つであり、設計変数を変化させることを遺伝子の交叉・突然変異などで表現し、複数の目的関数を改善するような個体群(設計解)を探索していく手法。
媒体名:Aerospace Science and Technology
論文名:Effects of aeroelastic coupling accuracy and geometrical nonlinearity on performances of optimized composite wings
オンライン版URL:https://doi.org/10.1016/j.ast.2024.109926
著者(共著)Yajun Liu, Shugo Date, Toshio Nagashima, Tomonaga Okabe, Yoshiaki Abe*
*責任著者:東北大学流体科学研究所 准教授 阿部 圭晃
上智学院広報グループ(sophiapr-co@sophia.ac.jp)